ホウレンソウの珍しい話・・・その4
本物のエピナール、つまりホウレンソウのほうは、ルネッサンス時代にイタリアから入ってきてよく食べられるようになった、たくさんの野菜のなかのひとつでした。
その背景には、アンリニ世の妃となったカトリーヌ・ド・メディシスについてフランスにやってきたイタリアの料理人たちが、野菜を重視して料理をつくったという事実があります。
当時、ロバの背にまたがった若い娘が、大声をあげながらホウレンソウを売り歩き、パリやリヨンをはじめとするフランスの町々ではホウレンソウがいつでも八百屋の店にあふれていました。
しかも、ホウレンソウは水煮されて細かく刻まれ、手や棒で絞られて水気を切られ、まるくかためられて売られていました。
要するに、すぐ食べられる状態で売られていたのです。
これはパリの学生たちにとって、そして、オルレアンの学生たちにとってはとくに、大のご馳走でした。