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      <title>Rock☆Star</title>
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      <description>デビット・ボウイの作品・人となりについて書いています</description>
      <language>ja</language>
      <copyright>Copyright 2010</copyright>
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         <title>プライバシーの問題　2</title>
         <description>衆議院内閣委員会で多くの論議を行った結果、国の機関が所有している個人に関する情報を保護するための法律が、1988年12月に成立しました。


これは「行政機関の保有する電子計算機処理にかかわる個人情報の保護に関する法律」(プライバシー保護法)と題された4章26条からなるものです。


骨子は、


1．データの種類や収集の目的を公開する


2．データを利用.提供する場合には、収集目的に沿って厳重に管理し、むやみに他人に知らせない


3．個人が自分の情報を閲覧できる機会を設け、誤りがあれば訂正を求めることができるようにする


・・・というものです。


委員会では、このような個人の情報の管理に対する不安感が国民に与える影響を重視し、さらに実際に個人の権利や利益が侵害される恐れが出てきたこと。


また、これからの高度情報化社会に向けて法制化は不可欠であること、現時点での法制度では十分なものがないことなどをあげています。

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         <pubDate>Mon, 12 Jul 2010 18:34:00 +0900</pubDate>
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         <title>プライバシーの問題</title>
         <description>アメリカの社会学者であるパッカードという人は、1960年代のはじめに、プライバシーを突き崩す動きとして、次の5か条をあげています。


1．生活の組織化


2．軍事化


3．豊かさ


4．調査機関の発達


5．電子技術(エレクトロニクス)の発達


・・・彼の指摘は、すでに現実化しつつあるといえるのではないでしょうか。


欧米諸国では、プライバシーないしデータを保護するための法律を、すでに十数力国が制定しています。


OECD（経済協力開発機構)でも、1980年には「プライバシーの保護と個人データの国際流通についてのガイドラインに関する理事会勧告」が制定されています。


日本では、総務庁は1985年に「行政機関における個人情報の保護に関する研究会」を発足させました。


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         <pubDate>Fri, 02 Jul 2010 18:32:33 +0900</pubDate>
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         <title>ホウレンソウの珍しい話・・・その６</title>
         <description>ルイ十八世はホウレンソウが大好きだったが、通風をわずらい、医師に食べることを禁じられ、こう嘆いたといいます。

「何だと!フランス国王の朕が、ホウレンソウを食べられないとは!」

ホウレンソウの葉はカルシウムと鉄をかなり含んでおり、鉄の含有量は生の葉百グラムにつき五ミリグラムほどもあります。

こうしたことから、ポパイの&quot;強壮野菜&quot;ともなったのでしょう。

窒素化合物(蛋白質)と炭水化物も比較的多いため、栄養価のもっとも高い葉菜と言えます。

ビタミンAやビタミンC、Kなども無視できないほどの量を含んでいます。

さらに抗貧血作用(造血作用)をもつ葉酸も含んでいるが、これはホウレンソウの葉からはじめて分離されたものです。

葉緑素も豊富で、その抽出原料ともなります。

しかし、葉に蔭酸が含まれているため、腎臓や泌尿器に疾患をもつ者はふつう食べてはいけないとされます。


メリットデメリットそれぞれありますが、何を食べるにしても体にあったものを摂取することが大切ですよね。</description>
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         <pubDate>Fri, 18 Jun 2010 11:33:16 +0900</pubDate>
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         <title>ホウレンソウの珍しい話・・・その５</title>
         <description>バター、植物油、酢、ヴェルジュと呼ばれる酸味の強いブドウ汁などからつくったソースとともに煮るという食べかたも当時すでにあったし、若葉を生のままサラダに加えて食べる者もいました。

医者たちはみな、とくに腸によいとしてホウレンソウを勧めていました。

ある医者はこのように書いています。

「栄養補給というより腹の具合をよくするためにホウレンソウを食べる者は、汁まですべてとらなければなりません。ホウレソソウは汁に富んでいるので、水を加えずに、その水分だけで火を通すことができます。汁にはえぐさがいくらかあるため、ホウレソソウにはどんな野菜にも負けぬほどの緩下作用があり、便通に効果がある」

確かにホウレンソウは胃をきれいにし、腸を掃除してくれます。

素晴らしい野菜ですよね～！

ますます好きになりました。</description>
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         <pubDate>Tue, 01 Jun 2010 11:32:30 +0900</pubDate>
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         <title>ホウレンソウの珍しい話・・・その４</title>
         <description>本物のエピナール、つまりホウレンソウのほうは、ルネッサンス時代にイタリアから入ってきてよく食べられるようになった、たくさんの野菜のなかのひとつでした。

その背景には、アンリニ世の妃となったカトリーヌ・ド・メディシスについてフランスにやってきたイタリアの料理人たちが、野菜を重視して料理をつくったという事実があります。

当時、ロバの背にまたがった若い娘が、大声をあげながらホウレンソウを売り歩き、パリやリヨンをはじめとするフランスの町々ではホウレンソウがいつでも八百屋の店にあふれていました。

しかも、ホウレンソウは水煮されて細かく刻まれ、手や棒で絞られて水気を切られ、まるくかためられて売られていました。

要するに、すぐ食べられる状態で売られていたのです。

これはパリの学生たちにとって、そして、オルレアンの学生たちにとってはとくに、大のご馳走でした。</description>
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         <pubDate>Mon, 17 May 2010 11:32:16 +0900</pubDate>
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         <title>ホウレンソウの珍しい話・・・その３</title>
         <description>ヨーロッパでは、ホウレンソウがまだ存在しない古代のかなり古い時代から、農民たちは&quot;ホウレンソウ料理&quot;をつくっていた!

現在ホウレンソウを意味するエピナールという言葉は、昔は火を通して食べる野菜を意味する言葉だったのです。

煮られたキャベツ、イラクサ、フダソソウ、モーヴ、クリは、すべてエピナールだったのであり、これらはみなニンニクやカラシナで味にアクセントをつけられることもありました。

こうしたエピナール料理は、ソラマメを煮たものや新石器時代にすでにあった穀物粥とともに、古代からヨーロッパの農民たちの基本的な食べものとなっていました。</description>
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         <pubDate>Tue, 04 May 2010 11:31:59 +0900</pubDate>
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         <title>ホウレンソウの珍しい話・・・その２</title>
         <description>カンドルによれば、ホウレンソウのラテン語名のスピナキアは、アラブ名のエスバナッチからできたもので、そのアラブ名は中世ペルシア語のひとつパールシー語のイスパニーからできたものだといいます。

だから、ラテン語名のスピナキアは実をおおうを意味するラテン語スピナがもとになってできた言葉だとする説があったが、どうやらそうではないようです。

ホウレソソウは11世紀からスペインのセビリアで栽培されはじめ、アラブの医者たちは、もっとも重要な野菜のひとつと考えていました。

16世紀にはすでにヨーロッパじゅうに広がっていきました。</description>
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         <pubDate>Fri, 16 Apr 2010 11:31:45 +0900</pubDate>
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         <title>ホウレンソウの珍しい話・・・その１</title>
         <description>ホウレンソウは古代ギリシア、ローマの人々には無視され、十字軍やアラブ人によるイベリア半島征服によってヨーロッパに入りました。

しかし、持ちこまれかたについては、二つの説があります。

ひとつは十字軍兵士やアラブ人に&quot;意識的に&quot;持ちこまれたという説であり、もうひとつは十字軍が知らぬうちに持ちこんだという説、つまり、まるくかたまった種子の群れが、帰還する兵士の服や動物の体に付着して、ヨーロッパに入りこんだという説です。

両方とも事実だという可能性もあるが、いずれにせよ、ペルシアから十字軍兵士やアラブ人たちがたどった道をへてヨーロッパに伝わったことはまちがいありません。</description>
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         <pubDate>Fri, 02 Apr 2010 11:30:11 +0900</pubDate>
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         <title>『David Bowie』</title>
         <description><![CDATA[「David Bowie」は、1967年に発表されたファースト・アルバムです。

<img alt="Dabid-firstal.jpg" src="http://nwainsurance.com/images/Dabid-firstal.jpg" width="240" height="240" />

別名「Love You Till Tuesday」。

ボブ・ディランに影響を受けていた頃で、フォーク・ロックの趣が強いアルバムです。

ボウイのエキセントリックな魅力は、この時はまだ開花していません。


 <strong>Side A</strong>

   1. UNCLE ARTHUR (2:07)
   2. SELL ME A COAT (2:58)
   3. RUBBER BAND-Version 2 (2:17) 
   4. LOVE YOU TILL TUESDAY (3:09)
   5. THERE IS A HAPPY LAND (3:11)
   6. WE ARE HUNGRY MEN (2:58)
   7. WHEN I LIVE MY DREAM-Version 1 (3:22)

<strong>Side B </strong>

   1. LITTLE BOMBARDIER (3:24)
   2. SILLY BOY BLUE (3:48)
   3. COME AND BUY MY TOYS (2:07)
   4. JOIN THE GANG (2:17)
   5. SHE'S GOT MEDALS (2:23)
   6. MAID OF BOND STREET (1:43)
   7. PLEASE MR.GRAVEDIGGER-Version 2 (2:35)

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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">アルバム</category>
        
        
         <pubDate>Mon, 29 Mar 2010 15:58:20 +0900</pubDate>
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         <title>ティン・マシーン結成</title>
         <description><![CDATA[1989年、ボウイはゴージャスなサウンドとステージからイメージチェンジをはかります。

シンプルなロックバンド「ティン・マシーン」を結成しました。

<img alt="tin_machine.jpg" src="http://nwainsurance.com/images/tin_machine.jpg" width="200" />

がらっと変わってますよね。

このバンドで、アルバムを3枚リリースしています。

その後、過去のベストヒットメドレー的なコンサートとしては最後と銘打ち、『サウンドアンドヴィジョン』ワールドツアーを行いました。

しかし、過去の総決算を果たそうとしたツアーでしたが、やや躍動感に欠ける・・といった厳しい評価もあったようです。

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         <pubDate>Sun, 14 Feb 2010 14:50:25 +0900</pubDate>
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         <title>カルトヒーローからロックスターへ</title>
         <description><![CDATA[1980年代には、ボウイはナイル・ロジャースをプロデューサーに起用します。

そして製作したアルバム『レッツ・ダンス』は、最大のメガヒットアルバムとなってファン層を広げました。

<img alt="Letsdance.jpg" src="http://nwainsurance.com/images/Letsdance.jpg" width="200" />

1983年の『シリアス・ムーンライトツアー』では新しいファンを取り込んでの大規模なワールドツアーを大成功させます！

これをきっかけに、カルトヒーローからメジャーロックスターの座につくことになったんです。

ただ、この頃から以前のようなカルト的アーティスティックな作風から、ポップロック路線へと作風が変化し、迷走と模索の時期に入ります。

この頃のボウイは、俳優としてのメディアへの出演が増えました。

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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">プロフィール</category>
        
        
         <pubDate>Sat, 16 Jan 2010 13:18:28 +0900</pubDate>
      </item>
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         <title>「カルト・スター」という自分との決別</title>
         <description><![CDATA[1980年、再びボウイはアメリカに戻ります。

そして、ニューウェーブを前面に出した、RCA時代最後のアルバム『スケアリー・モンスターズ Scary Monsters』を発表しました。

<img alt="boui_.jpg" src="http://nwainsurance.com/images/boui_.jpg" width="240" height="240" />

初ヒット曲の「Space Oddity」の登場人物・トム少佐を再び登場させ、「Ashes to ashes」で彼のその後と自分を重ね合わせて歌います。

ボウイはカルト・スターとしての「デヴィッド・ボウイ」と決別することになったのです。

]]></description>
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         <pubDate>Sat, 26 Dec 2009 12:23:38 +0900</pubDate>
      </item>
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         <title>ベルリン三部作</title>
         <description><![CDATA[ブライアン・イーノとのコラボレーションで1977年～1979年にかけて制作され

後に「ベルリン三部作」と呼ばれることになるアルバム『Low』


<img alt="low.jpg" src="http://nwainsurance.com/images/low.jpg" width="340" height="333" />


そして『Heroes』　、　『Lodger』　は

ロンドンパンク/ニュー・ウェイヴ全盛期のなかで

プロトパンク、オールド・ウェイヴを前面に出した作品になっています！


]]></description>
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         <pubDate>Wed, 04 Nov 2009 17:39:29 +0900</pubDate>
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         <title>Thin White Duke</title>
         <description>ボウイは再び架空のキャラクター「Thin White Duke」（痩せた青白き公爵）を名乗り、それを演じました。
ドイツでのライブは、ナチズムを強く意識したステージ構成になったんですよね～。
いや～、本当に凄かったです。

インタビューではヒトラー擁護とも取られかねない際どい発言をして、ファンの前ではジークハイルをやったやらないなどの騒動が起き、メディアからは激しいバッシングを受け、「ジギー・スターダスト」以上の危険人物とみなされてしまったんですよね・・・。
メディアのバッシングは、きついですよ～・・・。 

ツアーの終了後には、薬物からの更正という目的も兼ねて、ベルリンにお引越しし、ひそやかに音楽作りを始めました。
少し離れてみるのもいいですね＾＾</description>
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         <pubDate>Thu, 29 Oct 2009 16:10:00 +0900</pubDate>
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         <title>アイデンティティ</title>
         <description>1976年、自らの主演映画の中身に影響を受けて、また長年の薬物使用、中毒で精神面での疲れが絶頂に達していたボウイは、自分のアイデンティティを見直す仕事を余儀なくされました。
薬物は、精神を破壊しますので・・・しないでくださいね。

結果それは前回の作品と裏返しの「白人である私、ヨーロッパ人である私はいかに黒人音楽を取り入れるべきか」という方向に変化し、その概念で作られたアルバム『ステイション・トゥ・ステイション』として成果が得られました。

自分と向き合う事で生まれた音楽。聴いてみてください＾＾</description>
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         <pubDate>Tue, 22 Sep 2009 19:06:53 +0900</pubDate>
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